理解するというのはどういうこと?
数学が苦手になり、当塾へやってくる生徒は多いのですが、そうした生徒に共通する1つの特徴として
「理解する」ということそのものが分かっていない
ということがあります。
というような話になると、ささっと教科書を読んで
なんて言うわけです。
こんな感じのやりとりが今年は多いので、せっかくだから、ちょっと考えてみようかなと思ったわけです。
分かったつもり
こんな経験をした人も少なくないのではないでしょうか。
分かったつもりになっていて、実は何も分かっていなかったというパターンですね。
こういう場合によく使われるのが、
「分かる」を「出来る」に変える!!
という文言です。どこかの塾のキャッチコピーにもありそうな感じですが。
例えば、「授業を聞いただけで分かったつもりになっているキミ!」なんて塾のチラシに呼びかけられたりするのですが、はっきり言っておくと
ということです。
なぜ、この2つをバラバラにして捉えるのか、その意図が分からないのですが「分かっていれば出来る」というのが本来あるべき姿ではないかなと私は思います。
「分かってるけど出来ない」という状態は、単純に理解できていないというだけの話なのですが、生徒の中には「理解はしてるんだけど」と主張する人がいるので困ります。
こういう生徒は、
- 「分かる」ためにすること
- 「出来る」ためにすること
という感じで、分断された作業として捉えている傾向が強くあります。
おそらくは「授業を聞く」とか「説明を聞く」とか「解説を読む」という段階を「分かる」と考え、演習をすることが「出来る」にもっていく段階だと考えているのではないかと思います。つまり
こういう人が結構な割合でいるように思います。これに対しては
ということを声を大にして言っておきたいと思います。
「なるほどな」と思ったことを必ず自分の手でやってみて「実感」を得るということは、理解するためには不可欠なのです。
読んだり聞いたりすることと、自分でやってみることを必ず1つのセットで実行してもらいたいなあと思います。
具体例から考えてみると
以前の記事でも、理解するということについてちょっと書きました。
暑い日が続いているため、頭の中も少々とろけてきている。コンビニのアイスを売ってる冷凍庫に思わず頭を突っ込んで冷やしたくなる(実際にはしないぞ!)。さて、そんな猛暑の中、今日は高校1年生の授業に出てきた2次方程式の毎年やってる[…]
「理解した」というのが非常に浅いところで終わっている例です。
似たような例はたくさんあります。最近の授業で扱った指数法則でも似たようなことがありました。
$a>0$,$b>0$,で $p$,$q$ が有理数のとき
- $a^pa^q=a^{p+q}$
- $a^p\div a^q=a^{p-q}$
- $(a^p)^q=a^{pq}$
- $(ab)^p=a^pb^p$
- $\displaystyle \left(\frac{a}{b}\right)^p=\frac{a^p}{b^p}$
教科書にはこのような感じで載っています。これらを「覚えて」次のように練習をやる生徒が結構います。
\begin{align*}
24^{\frac{1}{3}}\times 3^{\frac{2}{3}}&=(2^3\times 3)^{\frac{1}{3}}\times 3^{\frac{2}{3}}\\
&=2^{3\times \frac{1}{3}}\times 3^{\frac{1}{3}+\frac{2}{3}}\\
&=2\times 3=6
\end{align*}
こうした計算をいくつかやって、「よし分かった」と言うのですが、当然ながら忘れてしまうこともあるのです。
1ヶ月ほど時間をあけて復習をやってもらうと、きちんとできる人とそうでない人に分かれます。
このときに、きちんとできる人は「繰り返し練習をしているんだろう」と考える人が多くいます。
しかし、塾生を見ている限りでは、そうではないケースがほとんどです。
結局のところ、この法則を丹念に追っていけば
\begin{align*}
a^n=\overbrace{a\times a\times a\times \cdots\cdots \times a}^{n 個}
\end{align*}
が基本となっているわけです。
「$n$ が自然数である場合も有理数である場合も同様の操作が可能となる」ということを理解できていれば、仮に指数法則を忘れたとしても、いつでも簡単なところに戻って考えることができます。
たとえば
\begin{align*}
a^3\times a^2&=\overbrace{a\times a\times a}^{3}\times \overbrace{a\times a}^{2}\\
&=\overbrace{a\times a\times a\times a\times a}^{5}
\end{align*}
のように$a$を何個かけるかを考えて(具体的に書いて)いけば、指数部分の計算が見えるわけです。
少なくとも、このように考えられる状態を「理解した」と私は思っています。
ところが、できない生徒の場合、上のようなことはほとんど考えておらず
- 上の指数法則を1つ1つ記号的に覚える
- 「かけ算は足し算に」という標語のようなものを覚える
という状態を理解した状態と考えているのです。
これだと、単純に計算の手続きを覚えただけであって指数法則を理解したとは言えません。
だから、忘れてしまったときにどうしようもなくなってしまうわけです。
もちろん、面倒な計算の場合には、いちいち根本から考えていてはキリがありません。
結果的には法則は覚えてしまった方がラクですが、だからと言って、最初から何も考えずにその手続きだけを覚えたところで結局は使い物にならないのです。
このような浅い理解で済ませていると、例えば次のような変形を見たときに戸惑ってしまうことになります。
これは、$3^{n}=3\cdot 3^{n-1}$ という変形をしているだけですが、端から暗記で済ませている人には、この変形さえ理解できないということも起こり得るのです。
あるいは、指数法則との繋がりが見えずに「別のパターン」として認識されることがあり得るのです。
こうした例を、かなり多く見かけるので、次のことはしっかりと注意してもらいたいなあと思います。
特効薬のようなものはない
ゴチャゴチャと書いてきましたが、結局、「数学が苦手です」とか「ちょっと数学が伸び悩んでるんです」と言って塾へやってくる生徒に共通しているのは、こうした理解の部分に問題を抱えているということなのです。
さらに困ったことには、こうした人は、塾へ来ればすぐに点数を上げてくれる特効薬のような何かがあると思っている場合が多いということです。
- そんなゴチャゴチャしたことは分からないから、ポンと答えが出るような方法を知りたい
- 面倒なことを考えずに成績が上がるような方法を知りたい
残念なことですが、こうした要求が以前に比べるとかなり増えています。
もちろん、そのようなドーピング的方法がないわけではありません。理解していなくても「とりあえずこれをやっておけば答えは出る」という方法は実は山ほどあります。
ただ、一旦そういうインチキに慣れてしまうと、それが当たり前になってしまう危険性が非常に高いということなのです。
事実、あれこれと試行錯誤して理解へ至るという過程をまったくやらずに来たせいで、その過程を「ただの面倒くさい作業」のように認識している中高生が増えているのです。
繰り返しになりますが、自分で試行錯誤して実感を得るということをしない限り、理解するということは不可能です。
そして、大学2次試験のレベルになると、そうした表面的な理解では通用しないようにうまく作られた問題が増えます。理解できている人には、ごくごく自然に考えて解ける問題なのに、そうでない人には手も足も出ない難問として見えるのです。
それでもなお、特効薬のようなもの(考えなくても解ける方法)をひたすら求める生徒が後を絶ちません。まるで、麻薬のような感じです。そうした方法にどっぷりと浸かってしまった人がたどり着く先は言わずもがなでしょう。
地道に試行錯誤を繰り返し、実感を得るしかない
ということを最後に述べて、今回の話はここまでとしておきます。