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至誠塾での15年間の指導を振り返ってみて〜「スパルタ指導」を捨てて、私が本当に伝えたかったこと

至誠塾での15年間の指導を振り返ってみて〜「スパルタ指導」を捨てて、私が本当に伝えたかったこと

■幻の10周年記事、発掘。

この記事は本来、当塾の10周年記念に書くはずだったものです。「後で修正して公開しよう!」と思って下書きフォルダに入れたまま、日々の指導に追われているうちにすっかり忘れていました。

塾長

先日、過去記事を整理していたら「どうもどうも久しぶり!」といった感じで発掘されまして(笑)。今はもう15年目が終わろうとしている時期ですが、この機会に公開しようと思います。いや〜ウッカリさんだなあ、俺ってば。

しかし、読み返してみると、当時の迷いや決意はいまでも鮮明に覚えています。むしろ、15年経ったいまだからこそ、確信を持って言えることもたくさんありますね!

■最初の一歩

15年前の平成23年1月27日、震える手で開業届を税務署に提出しに行ったのが昨日のことのように思い出されます(いまでも新年度を迎える際は毎年震えていますが…)。

最初の教室でのことは今でもはっきりと覚えています。

まず、とにもかくにも寒い教室でした(笑)。1階に入っている会社が閉まると、途端に足元から冷気が這い上がってくる、そんな教室でした。

当時はホワイトボードではなく、小さな黒板とチョークを使って授業をしていました。板書をするとすぐにいっぱいになってしまうので、授業中は書いては消し、書いては消しの連続。授業が終わる頃には、右腕が上がらなくなっていたのも懐かしい思い出です。

塾長

途中から黒板のサイズを大きくしたのですが、そのせいでさらに消すのが大変に・・・

そして生徒が少なかったので、教室はいつも静かでした(笑)。

当時はあまりに暇だったので、生徒が来るまでの時間は、将来使うことになる教材の原点となったプリントを一人で黙々と作っていました。

「自習室の窓を開けると綺麗な夕陽が見える」というのが、当時の塾のポイント(何をウリにしてるのやら(笑))。自習しにきていた生徒と一緒にぼんやり眺めていた夕日ですが、その頃の不安と期待の入り混じった複雑な感情とともによく覚えています。

自習室から見えた夕日の写真
自習室から撮った当時の写真です

■1期生への悔恨と、金沢の受験熱

塾を開業して改めて感じたのは、高校入試に対する熱の高さでした。開業当初、生徒は両手で数えられるほどでしたが、1期生の入試結果は、泉丘高校4名、二水高校1名、星稜高校1名という素晴らしいものでした。

ただ、正直に告白します。

この1期生たちに対しては、「初年度から実績を出さなければならない」という私のプレッシャーが強く作用し、相当な分量の課題を課してしまいました。彼らは必死でついてきてくれましたが、今振り返ると「やらせすぎたな」という申し訳なさが残ります。

もし、今の私の指導法で彼らを教えていたら、もっと違う未来、もっと数学を楽しめる未来があったかもしれない。そんなふうに思うこともあります。

ともあれ、あの1年は私も必死でした。もう一回やれと言われても決して再現することのできない1年でした。そして白髪がものすごく増えた1年でもありました(笑)。

この結果が口コミとなり、問い合わせも増えましたが、この「スパルタによる成功体験」こそが、その後の私に迷いを生むことになったのも確かです。

■教室の変遷、そしてコロナ禍を経て

おかげさまで生徒も増え、開業5年目には手狭になった最初の教室を離れ、金沢駅前へと移転しました。

足元から冷気がくるあの寒さともお別れし(笑)、目立つ場所にあるビルでの指導ということで「いよいよ塾らしくなってきたぞ」と意気込んでいたのを覚えています。

教室での指導風景の写真
移転直後の教室での中3生の授業

移転後は生徒数も堅調に推移し、なんとか軌道に乗ったかなという安堵感を覚えました。

この頃から指導法が少しずつ変化し、その結果が実績などにもじわじわ現れ始めたように思います。

そして、このブログの「下書き」が書かれた2020年。当塾は10周年を迎えていました。

なぜ、この記事を公開し忘れていたのか思い出しました。それどころではなかったというのが本当のところでした。

いわゆる世界を襲ったコロナ禍です。

学校は長らく休校となり、対面授業は自粛。春の生徒募集もまともにできず、一時は本気で「廃業」の二文字が頭をよぎりました。順調に来ていた矢先の出来事だけに、精神的にもかなり堪えました。

しかし、至誠塾(というか私)は転んでもただでは起きません(笑)。

塾長

教室に来れないなら、ネットで繋げばいいじゃん!

すぐに機材を揃え、オンライン授業の環境を構築しました。あれこれアプリを試したり、電子黒板用に使っていたものも流用したりと配信機材を使いこなし、画面越しではあるものの授業を継続できました。

当塾の教育理念の1つ「変化に対応する力を身につけること」、それを試された1年でした。

オンライン授業の準備をしていたときの様子

■数学に対する危機感

場所が変わろうと、オンラインになろうと、私の前に立ちはだかったのは「数学教育の危機」でした。

ある年、中学時代はトップクラスの成績で希望の高校へ進学した女子生徒が、浮かない顔で相談に来ました。「学校の授業を聞いても全然分からない」と言うのです。

彼女が躓いていたのは、数学Iの「三角比」でした。

$\sin$、$\cos$、$\tan$ という新しく登場する概念に対し、彼女が「これはどういうものなのか、イメージが湧かない」と学校の先生に質問したそうです。定義を知りたい、本質を理解したいという素晴らしい問いです。

しかし、先生から返ってきた言葉は、彼女を絶望させるものでした。

とある
指導者

理屈はいいから、この表を覚えておけば十分。余計なことは考えないで!

そう言って、有名角の三角比の値が書かれた表を渡されたそうです。

背筋が凍るとまでは言いませんが、私は強烈な憤りを感じました。

塾長

(心の声)わしの高校時代から何も変わっちょらんのう・・・

教科書にある定義や導入を蔑ろにし、傍用問題集のパターン演習ばかりをやらせる指導。それが、思考しようとする生徒の芽を摘んでいる現実に、私はうんざりしました。

いったい生徒はどこで数学の勉強をしたらいいのか・・・そんなことを思う日々でした。

■試験の対策に特化してしまった生徒たち

指導の中で見えてきたのは、試験対策という名の「パターン暗記」に毒され、目の前の問題を自分の頭と手を使って考えようとしない生徒たちの姿です。その結果、試験勉強が得意な生徒ばかりが量産され、本当に数学ができる生徒や数学が好きな生徒が蔑ろにされている現実です。

その弊害は、彼らの「答案」に顕著に現れていました。

「思考停止した処理マシーン」になっているのです。

例えば中学生では、こんなことがよくあります。

$2x^2-x-1=0$ という2次方程式を見た瞬間に、少し考えれば $(2x+1)(x-1)=0$ と因数分解でき、暗算でも解けます。

塾長

$x=1$ で成り立つから、解の1つは $x=1$ で、因数分解すると $(x-1)$ が含まれるから・・・くらいのことは上位校を狙う人なら当たり前にできて欲しい考え方です。

しかし、何も考えずに面倒な「解の公式」に数字を当てはめ始める人が大半です。

「因数分解できるか確認しないの?」と聞くと、「これは因数分解できないパターンだから」とか「公式なら絶対解けるから」なんて返されることもよくありました。

効率を求めているようで、実は最も非効率な「作業」に逃げていることに気づいていないようです。

高校生になると、その病巣はさらに深くなります。

半分冗談で不等式 $|x-1| < -1$ という問題を出した時の話です。

絶対値の定義から、$|A|\geqq 0$ は明記されていなくても常に成り立ちます。そのため、問題を見た瞬間に「んなもんあるわけないわ!」となり「解なし」と分かるはずなのです。

しかし、真面目な顔をして「(i) $x-1 \geqq 0$ のとき… (ii) $x-1 < 0$ のとき…」などとやり始める生徒がトップ校の生徒にもかなり多く存在していました。そしてノートの半分ほどを使って丁寧に場合分けをし、解がないことを計算で確認していました。

塾長

そこで結果から何かを考えるのであれば、まだ希望はありますが、答えがあっていることを確認したらおしまい、となる人がほとんどです。

あるいは、軌跡の問題で同値変形を積み重ねて論理的に解いていると思いきや、答案の最後に必ず

「逆に、このとき…」

と書く生徒もたくさんいました。「ここで逆の確認が必要な理由は?」と聞いても答えられません。

「とりあえず最後にこう書いておけと教わったから」

「書かないと減点されるから」

論理的な正しさよりも、減点されないための「お作法」や、思考を放棄できる「処理手順」を優先する

そんな光景を見るたび、私は絶望に近い感情を抱いていました。

■スパルタをやめた理由

かつて私は「自己に厳しく」という理念を掲げ、いわゆるスパルタ指導を行っていました。

昔はそれこそ、市販の「学習参考書」を片っ端から買い漁り、徹底的にリサーチして頭に叩き込み、それを生徒に注入していました。宿題も大量に出し、家庭学習までみっちり管理し、「解けない問題はない状態を目指そう」なんてことを言っていたように思います。今思い出すと、顔から火が出る思いです。

当時は、必死な生徒の表情を見て「これが努力の結晶だ」なんて勘違いをしていましたが、ある時、卒業生に言われたのです。

「受験終わったらもう二度と勉強したくないわ〜」

生徒たちは目標に向かって楽しそうに進んでいたのではありませんでした。恐怖や不安に煽られ、無理やり走らされていたのだと気づきました。「勉強は生涯にわたって続くもの」なんて事も言っていたように思いますが、それを自らの手で破壊していたのだと気付かされました。

「これではいけない」

そう思った私は、スパルタ的指導をやめました。

不思議なことに、スパルタから脱却し、本質的な理解を重視するようになってからの方が、生徒の成績も合格実績も良くなったのです。

■「参考書」から「数学書」へ

指導の変化に伴い、私自身の勉強スタイルも変わりました。

あれほど買い漁っていた受験テクニック満載の参考書は、いまはほとんど見ません。代わりに、きちんとした学術的な「数学書」を、丁寧に読み込むようになりました。学生時代よりも真剣に、深く、一行一行を味わうように読んでいます。

生徒への課題も大幅に減りました。

昔は大量の宿題で管理していましたが、いまは宿題自体ほとんど出しません。

塾のことは塾で終わらせる。

家では、学校のことや、家のことをやる時間にしてほしい。そして何より、やらされる勉強ではなく、自ら学ぶ姿勢を持ってほしいからです。

何も言わなくても自分から勉強する生徒たち

■数学は楽しいもの

本来、数学は楽しいものです。

生徒が難問に対してあーでもないこーでもないと試行錯誤し、自分の力で突破口を見つけたときの表情。「わかった!」と叫ぶその瞬間を見ると、私も心の中で「やっぱ数学って楽しいよな!」とガッツポーズをしてしまいます。

私自身にもいくつか覚えている問題があります。

問題

$(a+b+c)^3 - a^3 - b^3 - c^3$ を因数分解せよ。

高校1年生の時にこの問題に出会ったときは、計算が大変でめちゃくちゃ苦労しました。

しかし、高校3年生になってもう一度この問題に出会ったとき、問題の見え方が大きく変わっていたのを覚えています。

高1の自分には見えなかった式の対称性や考え方の筋道が見え、サクッと解くことができました。「う〜ん、本当に力がついたなあ」と思ったものです。

自分の成長を実感できたあの喜びは、今でもよ〜く覚えています。

■勉強は賢い人だけのものではない

指導方針を変えて気づいたことがあります。

最初から成績が良いわけではなくても、「具体例を書いて考える」といった泥臭い作業を厭わない生徒は、驚くほど伸びるということです。

パッと美しい方法が思いつかなくても、あれこれと試行錯誤して、そのうち良い考え方にたどり着くような粘り強さが数学には絶対に欠かせないなと今は思います。

私が口癖のように言っていた「まずは事実確認ね!(具体例を作ってみよう)」なんていう教えを忠実に守り、手を動かして納得しようとする生徒は、やがて「公式暗記マシーン」となった秀才たちをごぼう抜きにしていきました。

「自分は数学があまり得意ではないから」とテストの点数や偏差値だけで決めつけてしまっている「もったいない人」がたくさん隠れているということは、塾生たちが教えてくれた大事なことの1つです。

■考える面白さを大切にする

これがいまの教育理念です。

思考力を上げるためにやるべきことは、時間をかけてあれこれと試行錯誤すること以外に方法はありません。

効率よりも「納得」を、暗記よりも「思考」を!

遠回りに見えても、自分の頭で考え抜いた経験だけが、本物の実力になります。

点と点がつながって線となったとき「ああ、そういうことか!」と一気に視界がクリアになる感覚を、ぜひみなさんにも経験して欲しいなあと思っています。

■数学の勉強を超えて

受験勉強が終わってしまえば、多くの知識は不要となります。よく2次方程式の解の公式

$$x = \frac{-b \pm \sqrt{b^2 - 4ac}}{2a}$$

などが「大人になったら使わないものの代表」として取り上げられますが、重要なのは公式そのものではありません。

私たちが数学を通して学んでいるのは、この公式を覚えることではなく、「複雑な事象を整理し、論理的に解決策を導き出すプロセス」そのものです。簡単に言えば、分からないものを理解するための自分なりの方法を確立することです。

■2024年の震災を乗り越えて

そして記憶に新しい、2024年元日の能登半島地震です。

金沢市内も大きく揺れました。幸い生徒たちに怪我はありませんでしたが、10年間慣れ親しんだ駅前の教室が入っていたビルは、倒壊の危険性があるということで退去せざるを得ないことに。

教室内はそこまで大きな被害はなかったのですが、壁の至る所に亀裂が入ったり、勝手口の鍵が閉まらなくなったり、入り口の段差がずれてシャッターが閉まらなくなったりと、古い建物だけにダメージは相当だったようです。

地震でぐちゃぐちゃになった教室の写真
地震翌日の教室の状況
塾長

いい感じで安定していたのに、また移転かあ

呆然としたのも束の間、生徒の学びを止めるわけにはいきません。毎日物件情報を見ながら、移転先を探し、急遽、現在の場所へと移転することになりました。

15年前の開業時と同じように、バタバタと引っ越しをし、新たな環境での再スタート。

現在の教室の玄関

しかし、不思議と不安はありませんでした。

場所が変わっても、看板が変わっても、私と生徒たちが向き合い、あーだこーだと議論するあの空間さえあれば、そこが「至誠塾」になるのだと、15年の経験が教えてくれました。

まあ、大抵のことは何とかなるもんです。

新しい教室の自習室からも綺麗な夕焼けが見えます

■これからのこと

ありがたいことに、お盆や正月になると、いまでも卒業生たちが顔を出してくれます。成績が良かった子も、苦労した子も、みんな一人一人が自慢の卒業生であることに変わりはありません。

「この塾に来て人生が変わった」

そんな有難い言葉をもらうこともありますが、そんなときはいつも「変えたのはあなた自身だぞ」と返しています。

何を選ぶか、どういう選択をするかは自分次第です。その選択の上に人は立っているわけです。私自身も例外ではありません。これまでの様々な選択の上に、今の至誠塾があるのだと考えています。

15年が経ち、場所も変わり、指導法も変わり、私の白髪の量も体重も大いに変わりました(笑)。

それでも、授業を終えて教室の鍵を閉め、帰路につくときの気持ちだけは変わりません。

「ああ、今日はあそこをもっとこう教えれば良かった」

「あの説明で本当に伝わっただろうか」

そんな反省の毎日です。

でも、その反省がある限り、至誠塾はまだまだ進化できると信じています。

正しく考え、正しく学ぶことの楽しさを伝えるために、来年からもまた頑張りたいと思います。

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